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人は学ぶことによって成熟してゆく [心の成熟]

人は学ぶことによって、人として成熟して行く。
学校で学ぶだけでなく、あらゆる体験を通して、気付きと吸収を積み重ねる。
その過程を考えてみよう。

第1段階: 感情・・・・「好き」と「嫌い」の世界
第2段階: 精紳・・・・事実を確かめて判断する
第3段階: 心情・・・・全てを受け容れる
第4段階: 意志・・・・これだけで生きてゆける、という決意
               詳細は、ブログ《日本の使命》 心の成熟 に記述

重要なことは、感情心情をしっかりと区別すること。

  感情・・・・自分の気持ちに支配される(受動)
  心情・・・・他者の気持ちに配慮する (能動)

自分の気持ちに振り回されるか、他者の気持ちに心を配れるか。

その境目に在るのが、精神。

1.精神の重要性

  学校で知識を学んだり、社会のルールを学ぶ。
  理解して自分の中に蓄積し、応用力を鍛えていく。
  自分勝手ではなく、知識やルールを共有する仲間を尊重する。

結論として、自分勝手を脱して、社会人として成長する。
学ぶ過程で、人は考え方が変化する、ということを知る。
  様々な試行錯誤を繰り返して自分を作り上げるのが人だ。
  だから人は変化するし、それを止めることは出来ない。

従って、判断する場合に、人に左右されるのは危険なのだ。
その時は信念であっても、後に信念が変わることもある。
だから、誰々さんが言ったから、という決め方は避けるのが賢明だ。

精神を働かせて、事柄(事実)を冷静に考えよう。
      何を為すか、何を為さないか。
自分の頭で冷静に、事実を分析して判断しよう。

事実は変化することは無い。
ある時点での事実は、その時点での事実として不変である。
変化するのは、理解の仕方であり、それが人の変化というものである。

    人ではなく、事柄(事実)を考えよ

人の意見に頼るのではなく、自分で事柄(事実、状況)を考える。
それは、自分自身との対話である。
  自分の記憶にある事柄を静かに思い出すことから始まる。
  不明な点や心に引っ掛かることなど自分自身の心の中を見回す。
  自分の声を聞き取り、自分に問いかける。
  そして、自分自身に答え、また、問うていく。

そういうことを繰り返していれば、他人にも説明ができる。
コミュニケーション能力、というのは、そう言うものではないだろうか。
  自問自答したこともなく、他人と問答が出来るわけはない。


2.精神のレベルで生きる

   (地位・権力・財力)に囚われず、事柄(出来事・事実)に基づき、
   検証し、判断する。

人で判断しようとすると、権力者に媚び、弱者に驕る、ということになる。
  (権力者が没落したり、態度を豹変したら、被害を被ることになる)。


個人に言えることは、民族や国家にも当てはまる
  事実、歴史の事実に基づいて考えることが出来ない国は、
    精神の発達が未熟である、ということであり、
  精神の発達が未熟であれば、学問研究の進展は望めない。

  日本は、厳しい自然に鍛えられ、助け合う心情の国である。
      敗戦後も、いち早くノーベル賞を受賞した。

  オリンピックや万博が、復興の証だったのではない。

  日本人は、大きな催しより、科学の受賞に民族の誇りを感じたのだ。
    世界に通用する学問が、庶民教育の延長線上にある、と。

    中国も韓国も、ノーベル科学賞を受賞したことが無い。出来ない。

  客観的な、事実の検証を重ねなければ到達できないのだから。

  身勝手な、感情のレベルで、歴史事実を踏みにじる行為を繰り返す。
  そんな国に、科学の土壌が培われることは無いのである。

  媚びと驕りの蔓延する社会では、お互いが配慮しあうことは有りえない。
  脅し、騙し、パクリ、捏造、・・・・何でもありの、疑心暗鬼の社会である。

    日本でも、民主党のレベルが、感情レベルなのである。

  事実に基づく判断が、何も出来ない。

  個人の自問自答の習慣が無いから、
      党内の問答が出来ず、国会での答弁も、小学生以下。

    揚句、感情レベルの人間として、中韓とは親和性が抜群だ。
      中韓は、民主の媚びを引き出そうと狙っているだけなのに、
      事実を検証する能力がないから、騙されても気づかない。
          先方は、騙しのプロ、なのだと心せよ。


3.感情レベルでは精神を理解できない

感情レベルの人間は、大きな声で叫び、大きな力で脅し、殺害することを考える。
    気に入らないことは、人も物も出来事も、抹殺するのである。

これに対応するためには、隙を見せず、万全の防御を構築することである。
    攻める必要は無い。
    守り、一線を越えることを絶対に許さない。
それだけである。

そして、協力することも、一線を越えること以上は、一切しないこと。
    手を差し伸べれば、その掌に、猛毒を載せることも有る、と心得ておこう。

相手の理解力に合わせていたら、こちらがレベルダウンしてしまう。
自分のレベルを知り、自分を高めたいという態度が確認できるまで、関わらないことだ。

感情レベルの人間に、信用、ということを望むのは愚の骨頂である。

信用、信頼、責任、それらは精神レベルの概念だから、
私たちこそ、信用の輪を強固なものにして、国を守らねばならないのである。

日本人が大切にしているのは、心情である。
他人を思いやる心情である。
  強くなければ優しくなれない、ということを知っている。
  強い心、しっかり判断できる力が在ってこそ、優しくなれるのである
      優しい、という字は、すぐれている、とも読む。
  人として、優れた精神力を身に着けたいものである。

そして、この日本という国を守り、次の世代に託して行かねばならないのである。

タグ:精神
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