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実の姿、韓国仁川空港は東洋のハブ? [韓国の実態]

韓国大統領の天皇発言に関する記事を検索していて見つけた
   ブログ 《ねずさんの ひとりごと 》  「大韓猿国

      《折々情報》 「日本の保証で対外活動できていた韓国」に転載させてもらった。

そして、他の記事も・・・・.
この、東洋最大のハブ空港とかの実態を、自分の目で確かめるサイトを発見し、ここに紹介する。
世界中の空を、今まさに、どれだけの飛行機が飛んでいるのか。
是非とも、一度、自分で覗いてみて頂きたい。

    東洋のハブなら、24時間、飛行機が往来しているはずである。
        韓国経済の実態を、何よりも物語っている、と言えよう。


そして、付録に紹介されているサイトの写真。
  性への拘り、やら、犬を食べる風習が、まざまざと写し出されている。
      どうぞ、リンクを辿ってご覧ください。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ブログ 《ねずさんの ひとりごと 》 より
韓国仁川空港って東洋最大のハブ空港とかいってませんでしたっけ?
    http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1617.html

    
20120826201249946.jpg


いつも、長い記事なので、今日は特別編で、超短いです(笑)

みなさんには、是非、↓のサイトをご覧いただきたいと思います。
すんごくおもしろいです。
 ↓
http://www.flightradar24.com/

なにかというと、世界の飛行機がいまどこを飛んでいるかがひと目でわかるサイトです。

それにしても、韓国上空の飛行機のなんと少ないことか@@;
ほとんどサハラなみって・・・・(笑)


【付録】
韓国のよく分からない感性
http://jackassk.web.fc2.com/funny/photo/art/index.html

結局、歪んだ国家観、歴史観のもとでは、ろくな文化は育たないということではないかと思います。
このことは日本も同じです。
いつまでも戦後史観という歪みの中に国をおけば、日本の歪みはますます酷いものとなり、国家を崩壊させてしまう。
いや、現に崩壊しかかっています。

壊すのも築くのも、私達です。
ならば私達自身が、まっとうなアイデンティティを取り戻し、日本の崩壊を阻止し、豊かな現在と栄えある未来を建設していこうではありませんか。

もうひとつ載せておきます。
同じく「Kの写真館」さんの「韓国の軍隊」の写真です。
http://jackassk.web.fc2.com/funny/photo/army/index.html

両班、ユスリ・タカリの身分制度 [韓国の実態]

両班制度という言葉を、ある記事の書き込みに見つけた。
それで、検索して一つの質問・回答の記事と、Wikipediaの注目部分を転載しておく。


    自らは働かず、ユスリ・タカリの傲慢さ・・・・それを、高貴とみなす意識。
        今の国家の姿、暴論・卑劣は、文化の後進性ゆえ、と判明した。

    Wikipedia の「封建制の不在のため~」という一文が的を射ている。
      民族としての歴史が、発達段階を辿っていないため、近代思考は望めない。
        責任という概念が育たず、近代的な契約の概念は絶望的。

      制度と心理が、負の相乗効果で暗黒に向かっている、という印象である。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


韓国の両班 (ヤンバン) について教えて下さい
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/915511.html

質問:    投稿日時:2004/07/05 15:58

個人的に韓国に興味があって、結構勉強してきたつもりなのですが、どうしても分らないのが、両班 (ヤンバン) という身分制度についてです。

最初は、日本の貴族のような王族をとりまく特権階級かな、と思っていたのですが、どうもそれだけではないようです。 もっと精神文化的な意味が強そうです。

そこでお教えいただきたいと思います。

1.もし、両班が貴族階級なら、それを示す何らかの象徴か、代々伝わるような両班という身分を証明する何かがあるように思うのですが、そういう具体的な物品はありますか?  つまり、何もなくても 「自分は両班だ」 と言えば、通用したのか? また、娘を王族に嫁がせるような事はあったでしょうか?

2.今でいう公務員、または村長だったのでしょうか?  または、地方にあっては、中央政府の出先機関のような仕事を普段していたのでしょうか?  つまり、年貢の取立てや、新しい法律や条令を農民に啓蒙する任務とか、あったのでしょうか?  それと、主たる経済的収入源は?

3.なぜ両班は肉体労働を蔑視して、雨が降り出しても決して走らない、とか優雅さを求めるようになったのか?

4.文班と武班を兼ねたのが、両班と聞きましたが、それでは、両班は武道に長けていたのか?  肉体を動かす事を極端に嫌う両班に武道ができたのか?

5.本当は両班は尊敬どころか、農民や一般市民から、とても嫌われた存在だった、と聞いた事があります。 本当でしょうか? その理由は?  もし事実なら、なぜ今の韓国で良い意味で使用されるのでしょうか?

今まで聞いた範囲でのイメージとしては、労働など一切しないで、花鳥風月を賞でたり、儒教や天下国家を論じながら酒を飲んで一日を過ごす、グータラ階級という感じがして仕方ありません。

両班について書かれた文献を読んだ事がありますが、とても難しいので、分かりやすくお教え下さい。


回答

両班制度は時代ともに変遷しており非常に複雑なもので一概にこうだということは出来にくいです。

先にご質問についてですが一般的なことと思ってください。

1.貴族階級と考えるとわかりにくいかもしれません。むしろ日本で言う官僚制度に近いものです。高級官僚になるための科挙(試験)は常民にも開かれていましたが実質的には両班に独占され、相互に血縁関係を結び、現在でも韓国に残る「族譜」(系図)を作成し排他性を保っていました。この「族譜」が身分を証明するものに他ありません。例えば最近あった事件のように突然「●●宮家」だといっても通用しないのと一緒ですよね。

2.国家公務員として考えてください。トップは総理大臣みたいな高官になる人もいれば地方行政の長もいるわけです。高級両班は首都に居住していましたが出身地と密接な関係をもち京在所をもちコントロール使用としていました。地方在住両班は自治的な法律(郷約)をもち裁判権を行使して一般民衆を支配しました。収入源ですが今で言う地方税の収入が合ったわけですよね。

3.朱子学の影響です。学問が全ての中心という気風があったため優雅さと言うよりも、言葉では言いにくいですが自然の理であるといった思想だからです。
いわば支配階級はみんな学者さんという世界ですよね。肉体労働を蔑視したというよりもホワイトカラー&ブルーカラーといったような思想があったことは確かです。また身分制度も影響しています。
両班・・支配階級
中人・・下級両班(技術官僚)
常民・・一般人民(労働者)
奴ひ

4.元々は中国に起源を持ち国家の会合の東班(文官)西班(武官)から来ています。だから武道ではないわけですね。ちなみに両班の支配下に武人がいたわけですから現在の日本やアメリカと同じようなシビリアンコントロール(文民統制)です。

5.当然支配階級ですから通常は嫌われると思いますよ。16世紀の日本軍17世紀の清軍の進入により国家の財政危機を打開するため政府が積極的に売位売官を行ったことと族譜の偽造や戸籍の虚偽が多くなり17世紀以降両班の人口が非常増えました。1894年の甲午改革によって身分解放が行われ両班特権が消滅しましたが彼らの影響力は消滅することはなく社会意識は変化しませんでした。

もともと両班は法律や規定によって定められた志度ではないのと、李朝から続く両班への上昇志向、また、「族譜」は両班の同族のみで編纂されていたのが近年では同姓同本(本籍と姓が同じ)の人を網羅するようになって多くの人たちが両班の末裔意識するようになり社会全体に広がったわけです。


この回答へのお礼

詳しくご回答頂き、ありがとうございました。 実は韓国にも友人が何人かおり、以前、両班について聞いた事があるのですが、意見がバラバラで曖昧模糊とした感じを受けておりました。 
基本的には貴族ではなく、官僚だったんですねえ。
それと李朝末期に売位売官があったため、自称、両班という人たちが出現したのですねえ。
この韓国独特の両班という階級を理解しないと、なかなか韓国人の心を理解できないな、と感じておりましたので、大変勉強になりました。
ありがとうございました。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


両班        参照: Wikipedia

兩班(りょうはん、양반〈ヤンバン・大韓民国〉、량반〈リャンバン・朝鮮民主主義人民共和国〉)は、高麗、李氏朝鮮王朝時代の官僚機構・支配機構を担った身分階級のこと。士大夫と言われる階層とこの身分とはほぼ同一である。なお、朝鮮半島の身分制度は甲午改革後に廃止された。

李氏朝鮮王朝時代には、良民(両班、中人、常人)と賤民(奴婢、白丁)に分けられる身分階級の最上位に位置していた貴族階級に相当する。現在の韓国においても李氏朝鮮の両班のように志操の高い精神構造を両班精神、両班意識などと呼んだりする。

しかし、高麗時代に両班が作られた時は身分階級ではなく官僚制度を指す言葉だった。

時代が下るにつれ両班の数は増加し、李氏朝鮮末期には自称を含め朝鮮半島の人々の相当多数が戸籍上両班となっていた。現在の韓国人の大多数が両班の血を引くと自称しているが、族譜を見れば大体分かる。

  (略)


両班の特権

李氏朝鮮時代の両班は、科挙の内、文科・武科を受けて官僚になることができた。中人は雑科のみが受けられ、高位に登る事ができない。常民は科挙を受ける権利を基本的に持たない。この区分は時代が進む内に整備されていったと考えられている。また兵役の免除、刑の減免、地租以外の徴税・賦役の免除。社会的特権として、常民に道や宿の部屋を譲らせる権利やその他、家・衣服・墳墓・葬礼などに対して常民に比べ、さまざまな権利を有していた。

封建制の不在のため、地方の両班による中央からの自律的な支配や経済政策は見られなかったと言われている。そのため、下層民からの収奪に頼る度合いは大きかったと思われているが、朝鮮王朝末期には両班層が極端に増えていることから身分だけでその消費生活を類推することは難しいとの見解もある。


外国人文献に見る具体的な描写

イザベラ・バード『朝鮮紀行』より
「朝鮮の災いのもとのひとつに、この両班つまり貴族という特権階級の存在がある。両班はみずからの生活のために働いてはならないものの、身内に生活を支えてもらうのは恥じとはならず、妻がこっそり よその縫い物や洗濯をして生活を支えている場合も少なくない。両班は自分では何も持たない。自分のキセルですらである。両班の学生は書斎から学校へ行くのに自分の本すら持たない。慣例上、この階級に属する者は旅行をするとき、大勢のお供をかき集められるだけ かき集め引き連れていくことになっている。本人は従僕に引かせた馬に乗るのであるが、伝統上、両班に求められるのは究極の無能さ加減である。従者たちは近くの住民を脅して、飼っている鶏や卵を奪い、金を払わない。」
「当時はひとつの道に44人の地方行政官がおり、そのそれぞれに平均400人の部下がついていた。部下の仕事はもっぱら警察と税の取り立てで、その食事代だけをとってみても、ひとり月に2ドル、年に総額で39万2,400ドルかかる。総員1万7,600人のこの大集団は『生活給』をもらわず、究極的にくいものにされる以外なんの権利も特典もない農民から独自に『搾取』するのである。」


マリ・ニコル・アントン・ダブリュイ『朝鮮事情』より
「朝鮮の貴族階級は、世界でもっとも強力であり、もっとも傲慢である」
「朝鮮の両班は、いたるところで、まるで支配者か暴君のごとく振る舞っている。大両班は、金がなくなると、使者をおくって商人や農民を捕えさせる。その者が手際よく金をだせば釈放されるが、出さない場合は、両班の家に連行されて投獄され、食物もあたえられず、両班が要求する額を支払うまで鞭打たれる。両班のなかでもっとも正直な人たちも、多かれ少なかれ自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者は誰もいない。なぜなら、両班たちが借用したものを返済したためしが、いまだかつてないからである。彼らが農民から田畑や家を買う時は、ほとんどの場合、支払無しで済ませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止できる守令は、一人もいない。」
「両班が首尾よくなんらかの官職に就くことができると、彼はすべての親戚縁者、もっとも遠縁の者にさえ扶養義務を負う。彼が守令になったというだけで、この国の普遍的な風俗習慣によって、彼は一族全体を扶養する義務を負う。もし、これに十分な誠意を示さなければ、貪欲な者たちは、自ら金銭を得るために様々な手段を使う。ほとんどの場合、守令の留守のあいだに、彼の部下である徴税官にいくばくかの金を要求する。もちろん、徴税官は、金庫には金が無いと主張する。」
「すると、彼を脅迫し、手足を縛り手首を天井に吊り下げて厳しい拷問にかけ、ついには要求の金額をもぎとる。のちに守令がこの事件を知っても、掠奪行為に目をつむるだけである。官職に就く前は、彼自身もおそらく同様のことをしたであろうし、また、その地位を失えば、自分もそのようにするはずだからである。」

タグ:両班

試し腹、父親?が娘を試す風習 [韓国の実態]

試し腹

    参照: 《折々情報》 韓国の性犯罪、日本が禁止「試し腹」

・・・・ 上記の記事の一部引用 ・・・・

朝鮮半島で行われていたもので、父親が結婚前の自分の娘に対し、
妊娠の可・否を調べる為に性行為をする事を云う。

大韓帝国の時代まであった風習だが、日韓併合後に直ちに禁止にされた。


「女は子を産む道具でしかない」朝鮮では
道具(女)が不良品(不妊症等)であってはならない。

故に、『これこの通り、妊娠できる体でございます』ということを証明するために、
「種男」という男に娘を犯させ、妊娠した状態で輿入れさせる。


これを「試し腹」と言います。
産まれてくる子供は、当然夫の血を引いていないため、
妻と同じ奴隷的な身分しかなく、
結婚はおろか大人になるまで成長する者も稀だったと言われています。

自分の娘を血縁の近い男(兄や叔父)に妊娠させて、
妊娠できる女と証明させて嫁がせる儒教思想が暴走した悪しき習慣だそうです。

日帝が禁止した朝鮮時代の悪しき風習だそうです。

    ・・・・ 引用 ここまで ・・・



性犯罪が多発している国、「慰安婦」捏造の深層心理、
  この風習の存在を知って、民族の習わし、というものの根深さを痛感した。

  大日本帝国が、併合して即刻、禁止したのは当然だが、
  社会の風習というものは、政治的な禁止令ですぐに無くなるわけではない。


父親が娘を妊娠させていたら、その子は、どんな戸籍になるのだろうか。
  実の母親は、父親の娘だから、母親とは姉弟/姉妹の関係になる
  実の父親は、母親の父だから、父親とは祖父と孫の関係になる。

           ええぇ~~?  日本人には理解不能。

父親ではなくて周囲の男性だとしても
近親者の子を宿して嫁いでこられたら、そりゃぁ、嫁を迎え入れることは出来ない。

  どちらにしても、戸籍が成立しない ・・・・ これが、夫婦別姓の本質。


家の苗字、「氏」を継ぐ、ということが民族の常識である日本。

  その日本に居住しながら、夫婦別姓に拘り、通名でしか生きられないのは、
  性風俗の問題点を、民族レベルで改修できなかった結果である。

     他の国からの外国人は、日本の風習を否定したりはしない。
         人類としての常識だからである。


近代国家を名乗りたかったら、先ず、性犯罪の多さに取り組むことである。
    なぜ、性犯罪に走るのか、客観的に検証・・・・
            それが問題なんだ、なぁ。
客観的に、事実を在りのままに直視する、ってことが出来ないのだから。

  ベトナムでの「ライタイハン」を、恥じることもできないのだから。

  見たくない事実は隠す・・・・何時まで、それが通用するか。


Wikipedia から、「試し腹」の記載を削除しても、歴史の記載は消えはしない。
    日本人の多くが、こんな風習が在ったのだ、と知ってしまった。
        そして、成る程、と現在の姿に納得したのである。

一方的な言い掛かりを付けてくる相手に対して、
  相手を知るために、歴史を学びだした日本人は多い。
    この、「試し腹」 も重要なキーワードとして理解に役立つ。

  本当のことを知りたい、・・・・ そう考えた時の日本人の力を軽視しないことだ。

タグ:試し腹

巨大国旗行進の写真、五輪は韓国追放しか道なし [韓国の実態]

凄い、大きい、・・・・ こんなに大きい国旗を、勝手に使っても良いのだろうか。
                

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ロンドンオリンピックを汚した韓国男子サッカー「独島メッセージ」問題は、組織ぐるみのパフォーマンス


「独島は我が領土」と書いたメッセージボードを掲げる韓国サッカー協会(KFA)のチョ・ジュンヨン会長そっくりの男。
胸には韓国サッカー協会(KFA)のマーク。

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朴鍾佑(パク・ジョンウ)選手(23)は、上の写真で、会長そっくりの男の隣にいたスタッフからボードを受け取る。

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選手全員に、「独島は我が領土」のメッセージボードを見せるパク・ジョンウ。

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パク・ジョンウ、特大太極旗の上にメッセージボードを載せる。

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特大太極旗に、「独島は我が領土」のメッセージを載せて、競技場を練り歩く韓国サッカー選手全員。

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なお、 オリンピックでは、2m以上の国旗の持ち込みを禁止しており、 特大国旗もまた違反行為


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  (感想) これでお咎め無しなら、次のオリンピックから巨大国旗が氾濫するだろう
           メッセージを掲げて、巨大国旗に載せて、会場を行進。
           韓国平昌の冬季五輪(2018年)は、どんな設営になるやら。
                自国宣伝のメッセージだらけ、かも。

        今回のパフォーマンス以上の、五輪憲章違反は在り得るだろうか。
            その上、韓国は正式な謝罪もない。
            未だに、憲章違反の認識なし、ということだ。

        写真の巨大国旗が、計画性、それも巨大な権限の下での計画性を裏付ける。
        同日の、極東における大統領の竹島上陸も、競技日程に合わせた計画の一部である。
          大統領に始まり、締めは、オリンピックの場で宣言版と国旗を掲げて示威行進

            国家ぐるみの、オリンピックを利用した領土侵略の強圧行為である。


      IOCの今回の判断が、オリンピックと世界の良識 の未来を決定付けることになる




・・・・ 下記原文に、写真を取り込み転載 ・・・・

ロンドンオリンピックを汚した韓国男子サッカー「独島メッセージ」問題は、組織ぐるみのパフォーマンス。

「独島は我が領土」と書いたメッセージボードを掲げる韓国サッカー協会(KFA)のチョ・ジュンヨン会長そっくりの男。
胸には韓国サッカー協会(KFA)のマーク。
http://link100.in/olympic_korea_01.jpg
http://link100.in/olympic_korea_02.jpg
http://link100.in/olympic_korea_03.jpg
朴鍾佑(パク・ジョンウ)選手(23)は、上の写真で、会長そっくりの男の隣にいたスタッフからボードを受け取る。
http://link100.in/olympic_korea_04.jpg
選手全員に、「独島は我が領土」のメッセージボードを見せるパク・ジョンウ。
http://link100.in/olympic_korea_05.jpg
http://link100.in/olympic_korea_06.jpg
パク・ジョンウ、特大太極旗の上にメッセージボードを載せる。
http://link100.in/olympic_korea_07.jpg
特大太極旗に、「独島は我が領土」のメッセージを載せて、競技場を練り歩く韓国サッカー選手全員。
http://link100.in/olympic_korea_08.jpg
なお、オリンピックでは、2m以上の国旗の持ち込みを禁止しており、特大国旗もまた違反行為。

ライタイハン [韓国の実態]

ライタイハン        参照: Wikipedia

ライタイハン(越:Lai Đại Hàn/ _大韓)とは、大韓民国(以下、韓国)がベトナム戦争に参戦した際、韓国人兵士男性と現地のベトナム人女性の間に生まれた二世のこと。パリ協定による韓国軍の撤退と、その後の南ベトナム政府の崩壊により取り残され、「敵軍の子」として迫害された[1]。ライ「_(チュノム表記)」はベトナムで軽蔑の意味を含めた「混血雑種」、タイハンは「大韓」のベトナム語読みである[1]。
  
( _は、男ヘンに「来る」の古い字「來」 )

ベトナムと韓国が1992年に経済交流を再開して後に発生した混血児は「新ライタイハン」と呼ばれる[1]。


ライタイハンの数と原因

ライタイハンの正確な数は、諸説ありはっきりしない。1500人(朝日新聞・1995年5月2日)、2千人(野村進)、最小5千人(釜山日報)[1]、7千人、1万人以上(名越二荒之助[2]など)、最大3万人(釜山日報)[1]としているものもある。彼(彼女)らの中には父親の記憶を持たず、韓国語を話せず、写真だけが唯一残された思い出という者がいる[3]。韓国との混血児は名乗りでないとの主張もある[2]。正確な調査が行われないまま、援助団体が支援を主張したため、数が膨れ上がったとの批判もある[4]。しかし、集団として注目できる、まとまった数の混血児が発生したのは事実である。

原因については韓国軍兵士による強姦、兵士や民間人が「『妻』と子供を捨てて無責任にも韓国に帰国したこと[1]」とする現地婚[5]、「ベトナム人には美人が多いので、女は皆、慰安婦にさせられた。[2]」とする慰安婦(非管理売春)などと複数のことが言われている。

ただし、南ベトナム解放民族戦線が放送によって、韓国軍による拷問や虐殺事件、あるいは婦女子への暴行事件を連日報じていた[2]ことは事実であり、各地の韓国軍による虐殺、暴行事件の生存者の証言に共通する点としても婦女に対する強姦が挙げられている[6]。

戦闘終了後の治安維持に入ると韓国軍は兵士の行動を厳しく律したが、猛虎師団の一兵士が村の娘を強姦して軍法会議にかけられる事件が起きている[7]。他方、韓国軍の兵士がベトナム人の母と子を置き捨てて帰国したため、軍司令部が再志願させてベトナムに戻し、結婚式を挙げさせた旨が伝えられている[7]。

背景

当時、韓国の朴正煕政権は反共を国是とし、分断国家としてのシンパシーを訴えて派兵を推進した。安聖基は「参加する方では『男に生まれたからには、一度は戦場に赴かねば』という気風がありました」とも指摘している[8]。南ベトナムに派兵された韓国軍は、2個師団プラス1個旅団の延べ31万名。最盛期には5万名を数えた。また、「ベトナム特需」を当てこんだ産業資本や出稼ぎの民間人も進出し、これも最盛期には2万人近く[9]がベトナムに赴いた。

韓国軍は30万人を超すベトナム人を虐殺したとも言われ、ベトナムでは村ごとに『「タイハン」の残虐行為を忘れまい』と碑を建てて残虐行為を忘れまいと誓い合っているという[10]。

こうした中でライタイハンはこれら韓国人男性とベトナム人女性との間に生まれた[5]。

兵士や出稼ぎの民間人による本国への送金は、年に1億2千万ドルを数え、1969年の韓国の外貨収入の2割に達した[9]。アメリカによる軍事・経済援助、日韓基本条約による資金援助と合わせて、漢江の奇跡の基礎となった。

ベトナム戦争が終わり、南北ベトナムが統一して既に四半世紀が通ぎた。そして韓国ではここ数年、あの戦争をめぐり長らくタブーとされてきた過去について、かつてない議論が進められている。その過去とは、ベトナム戦争に参戦した韓国軍によるベトナム民間人の虐殺問題だ。最初にタブーを破ったのは、韓国のハンギョレ新聞社が発行する週刊誌『ハンギョレ21』だった。同誌は99年、韓国軍がベトナム戦当時に起こした虐殺事件について記事を掲載したのだ(5月6日号)。この記事を書いたのは、韓国人歴史研究者のク・スジョン。彼女はベトナム戦争の韓国軍の残虐行為が記されたベトナム側の資科を入手し、韓国の市民団体の一行とともにベトナム現地で検証を始めたのだ。ある地域で、猛虎部隊(韓国軍部隊)等による1か月間の作戦で1200名もの住民が虐殺されたという66年当時のベトナム側の報告を紹介しながら、同時に生存者たちの証言に基づき虐殺の様子を具体的に描いている。例えば、生存者の証言からは韓国軍による民間人虐殺の方法にいくつか共通した類型があったようだと、同記事には記されている。以下、その部分を略して引用すると「大部分が女性や老人、子供たちである住民を一か所に集め、機関銃を乱射。子供の頭を割ったり首をはね、脚を切ったりして火に放り込む。女性を強姦してから殺害。妊産婦の腹を、胎児が破れ出るまで軍靴で踏み潰す。トンネルに追い詰めた村人を毒ガスで殺す等々」だ。日本の戦争責任を追及してきた韓国の人々にとって、自国軍も虐殺をしていたのだという告発は、苦いものであったに違いない。続いて同誌の2000年4月27日号には、住民虐殺を行なったという元軍人による加害証言が掲載された。戦争当時、一般住民とゲリラを区別するのは難しく、我が身を守るためには仕方なかったのだとその元軍人は述壊した。しかし同時に、今やその行為に罪の意識をもち、韓国政府がベトナムに謝罪し被害者に補償することを望むという彼の声も、同誌では伝えられた。これと前後して米誌『ニューズウィーク』が「暴かれた英雄の犯罪」と題してベトナム戦争での韓国軍の虐殺問題を取り上げた(2000年4月21日号)。ク・スジョンらの調査を紹介しつつ、「8000人以上の民間人を殺した韓国軍の虐殺行為の数々」が明らかにされつつあると、7ページにわたり大々的に報じたのだ。タブーであった虐殺事件についてのこれらの報道に対し、韓国国内では激しい反撃が起きた。同年6月27日には、ベトナム戦に従軍した退役軍人ら2000人余りがハンギョレ新聞社に乱入しコンピュータなどを破壊した。彼らは「大韓民国枯葉剤後遺症戦友会」のメンバーで、国のために闘った戦友を冒涜されたと激しく抗議したのだ。ベトナムへの韓国人派兵は64年に始まり、延べで30万人以上の兵士を送り込んだ。米国に次ぐ大派兵であった。この戦争で約5000人の韓国人が死んだ。ハンギョレ新聞社に乱入した元兵士たちがそうであったように、アメリカ軍が散布した枯れ葉剤の被害に苦しむ元兵士らが、今も韓国には多い。ベトナム戦争当時、韓国軍総司令官だった蔡命新は、先の『ニューズウィーク』でのインタビューで「誰に対しても償う必要はない。あれは戦争だった」と明言している。アメリカ軍によるソンミ事件などの虐殺行為がベトナム戦争当時から国際的に批判を受け議論の的となったのとは対照的に、韓国軍による虐殺行為については、こと韓国国内では長く沈黙が保たれてきた。(中略)また全斗煥・盧泰愚両大統領がベトナム戦争で武勲を挙げた軍人であったという政治事情もあり、ベトナム戦での過去は、韓国では幾重にもタブーであり続けた。しかし、冷戦終結と韓国の民主化により、このタブーは破られた。(中略)韓国の歴史教科書には、ベトナム戦争についてほとんど記述はされていない。中学生向けの国定教科書に記されているのは「そして、共産侵略を受けているベトナムを支援するために国軍を派兵した」の約1行のみだ。
(佐藤和「被害者史観韓国を揺るがすベトナム民間人虐殺の加害責任」『SAPIO』2001年9月26日号)

1965年から1966年の間、プウエン省のタオ村で、韓国軍は、ほとんど大部分が婦人の村人42人を狩り立て、やがて小火器を浴びせ、全員を殺害した。1966年1月11日から19日の間、ジェファーソン作戦の展開されたビンディン省では、韓国軍は300人以上の住民を捕まえ、拷問を加え、更にまた400人以上のベトナム人を殺した。1965年12月から1966年1月の間に、韓国軍は、ビンディン省のプレアン村では数百戸の家々を炎上させ、一方キンタイ村を完全に掃討した。同じ省の九つの村々で韓国軍は、民間人に対して化学兵器を使用したのである。1966年1月1日から同月4日までの間に、ブン・トアフラおよびヨビン・ホアフラ地方で、韓国軍は、住民たちの所有物を残らず略奪したうえ、住民の家やカオダイ教の聖堂を焼き、さらに数千頭の家畜を殺した。彼らは、また仏教寺院から数トンもの貨幣をくすね、それから人民を殺したのである。「ある村が、わが軍の支配下に陥ると、その次の仕事はベトコンから村人たちを分け離すことなのだ」こう言ってのけたという韓国軍将校の話しが引用された。ナムフュン郡で、韓国軍は4人の老人と3人の妊婦を、防空壕の中へ押し込め、ナパームとガスで殺した。アンヤン省の三つの村では110人を、またポカン村では32人以上を、こうしたやり方で、殺したのである。1966年2月26日、韓国軍部隊は、137人の婦人、それに40人の老人と76人の子供も一緒に、防空壕の中へ押し込めて、化学薬で殺したり、全員を盲にさせたりした。1966年3月26日から28日にかけて、ビンディン省で、韓国軍は、数千におよぶ農家と古寺院を炎上させ、若い女性や年老いた女性を集団強姦した。8月までに、勇猛な朝鮮人たちは、ビンディン省における焦土作戦を完了した。ブガツ省では、3万5千人の人たちが、死の谷に狩り立てられ、拷問を完膚なきまで加えられてから全員が殺された。10月には、メコン河流域では、裸で両手ないしは両足の19人の遺体が川から引揚げられた。これらは、いずれも陵辱された少女たちの遺骸であった。この事件に先立って、同じ地域で共同作戦中の米軍と韓国軍が、昼日中に結婚の行列を襲い、花嫁を含め7人の女性を強姦した、との報道もあった。かれらは、結婚式に呼ばれた客の宝石を残らず奪ったうえ、3人の女性を川の中へ投げ込んだ。放火、銃剣による突き殺し、拷問、強姦、強奪こんな記事は、ほとんど毎日のように続いている。母親の胸に抱かれたいたいけな乳幼児でさえも、非人間的な殺人行為を免れることができないのだ。これは、たった一都市に起きた南京大虐殺どころの話ではないのだ。これこそ、アメリカの新聞の力をもってしても、中国の南京で起こった話を語ることのできない、今日のベトナム民族大虐殺なのである。つまり今日では米軍および韓国軍の検閲官が全強権を発動し、事実が明るみに出るのを妨げているのである。(中略)なぜ在ベトナム韓国軍がかくも攻撃的で残酷であるかという理由は、彼らが、アメリカが与えてくれた援助に対してお返しをするためであり、さらにまたそれは韓国民に対して彼らが、アジアにおいて平定の役割を演ずることができるのだという誇りと確信の感情を与えるためである、と1967年5月、ソウル政府当局は日本人記者に説明した。
(D.W.W.コンデ『朝鮮-新しい危機の内幕-』新時代社、1969年)


韓国政府の対応

ライタイハンが表面化して後も、韓国政府による積極的な援護策は取られていない。しかし韓国の民間団体[1]やキリスト教団体とベトナム政府の支援により、支援施設(職業訓練学校)が設立され[11]、無償での職業訓練と韓国語の教育が行われた。ただし、ライタイハンの支援よりも、ベトナム国民を対象とした活動になっているとの批判がある[4]。

ライタイハン自身が、韓国人である父親に対して実子であることの認知訴訟を起こし、判決により韓国国籍を取得する動きもある[12]。盧武鉉政権は2006年に、写真など客観的に立証できる手段があれば韓国の国籍を付与する法案を検討するとした[13]。

なお、韓国政府は2009年にベトナム戦争の解釈をめぐってベトナム政府と衝突するという事件があった。2009年に韓国の国家報勲庁が国家報勲制度の改定作業を行い、国会に法案改正の趣旨説明文書を提出した。この文書でベトナム戦争参戦者を「世界平和の維持に貢献したベトナム戦争参戦勇士」と表現したことにベトナムが、「我々は被害者。ベトナム戦争の目的が、なぜ世界平和の維持なのか」と猛反発し、予定された李明博大統領のベトナム訪問も拒否する方針を伝えた。韓国側は、柳明桓外交通商相をベトナムに派遣し、外相会談で「世界平和の維持に貢献」の文言を削除することを約束し、李大統領のベトナム訪問を予定通り実現させた。一連の外交交渉で、ベトナム政府は「侵略者は未来志向といった言葉を使いたがり、過去を忘れようとする」と批判した[14]。

韓国マスメディアの反応

後の韓国大統領である全斗煥、盧泰愚はともにベトナム派兵で活躍した指揮官だった。最大の圧力団体である軍部の存在もあって、韓国ではベトナム戦争を批判的に取り上げることをタブー視する雰囲気が存在した。しかし後年、徐々に国民の意識が変わり、SBSでライタイハンをテーマとしたドキュメンタリー『大韓の涙[15][16]』が放送されたり、ハンギョレのようにベトナムでの韓国の戦争犯罪やライタイハン問題を積極的に取り上げる動きもある。だが、その都度、退役ベトナム参戦兵士団体から強い抗議を受ける事実もある[要出典]。

フィクションでは、2007年にSBS放送で、新ライタイハンがヒロインの連続テレビドラマ『黄金の花嫁』が放送された[17]。

アメラジアン

戦時下のベトナムにおいては、アメリカ軍兵士とベトナム人女性との間にも多くの二世が産まれた。一説には1万5千人ないし2万人と言われる。詳しくはアメラジアンを参照のこと。

統一後のベトナムでは、当初、ライタイハン同様に「敵国の子」とされ、迫害の対象となった。1987年、米国政府は混血児とその家族の移住を受け入れ始めたが、なおベトナムに留まる者も多かった[18]。しかし、その後越中戦争(中越戦争とも)において中国と敵対した関係から西側諸国とベトナムとの関係改善が割合早期に行われたことと、戦中も紳士的な振る舞いをする米軍兵士が少なくなかったことから、ライタイハン程激しくはなく、ドイモイ以降の政府の親米路線により激しい迫害は見られなくなった。

タグ:強姦 虐殺
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